人間の成長は階段みたいだという話

私は学生時代NPO法人で、不登校・引きこもりといわれている子と触れ合う活動をしていました。
週1回、その子の家に行き、遊んだり話したり時には外に出かけたりして、
最終的には社会復帰を目指すことを目的とした活動。
家庭教師のコミュニケーション科と言った感じでしょうか。

 

 

当時、僕が受けもっていた中学1年生のA君とは2年の付き合いでした。

ある日、A君が映画を観たいというので一緒にケロロ軍曹を観にいった。
映画館に到着するとA君が「飲み物を飲みたい」と言った。そこで2人でカウンターまで行きました。
するとA君は
「僕はオレンジジュースがいい。宇田川さんが買って」
僕は、
「自分のものは自分で買いなよ。お母さんからちゃんとお小遣いもらったじゃん」
というとA君は頑なに拒みました。

 

それもそのはず、A君は知らない人との接触が大の苦手。
家では威張っているが、外に出ると2倍も3倍も小さく見える。挙動不審になり、人の目をかなり気にしている様子である。

 

今回はしょうがないと思い、僕が買ってあげることにした。でも、「じゃあオレが買うときとなりで見ててね」と言ってとなりにいさせました。

 

 

後日、またA君と映画を観にいった。

その日も飲み物がほしいと言ったので、僕は
「今日は1人でやらせようかどうしようか、でもまだ無理だろうな・・・」
などと迷っていたら、A君は僕を置いて1人でカウンターまで走って行ってしまった。

 

どうしたのかと思い、あとから行ってみると、
店員さんからちゃんと自分で飲み物を買っていた。

 

若干ぎこちないやりとりではあったものの、僕はびっくりした。
「他人とろくに会話できなかったA君が1人で買い物をした!」
「僕が初めてA君の家に行ったときも全然会話ができず、1年くらいたってやっとコミュニケーションをとれるようになったのに!」

 

今では進んで店員さんなどに話しかけている。こないだも家にピザ屋が来たときも、お母さんよりも早く対応していた。

 

 

人の成長は「階段」なのかなと思った。

坂を上るように滑らかなものではなく、ふとしたきっかけで一段上がる。

 

今までできなかったことがいつの間にか当たり前のようにできるようになる。
でもそれまでは、その「一段」が壁のように立ちはだかっている。

 

自分の成長なんて普段は気づかないし、意識もしないものだが、ふと後ろを振り返ってみると「おー、結構高いところまで登ってきたのかー」と思うのではないだろうか。